お久しぶりです。ブログ責任者?の鹿野です。

いやはや。遅れに遅れてしまいました……前回のブログでお知らせいたしました、リレーブログ。

今日、5月7日からスタートし、第二回の担当者は二週間後の一週間以内、つまり19日~26日の間にやることとなります。まぁこんな感じで「月二回」ペースでやっていこうと思います。

今年度はほんの数回で終了してしまった昨年の反省をいかし、先日の総会で12月まで全て担当者を決定いたしました。いけるはず。

とりあえず、この第一回を書き上げないことにはスタートしないので。しないので。

やっていきましょう。担当は私、鹿野。扱う作品はサマセット・モームの作品『月と六ペンス』です。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

まず注意なのですが、本作はモームの出世作、そして代表作として日本でも幾つもの出版社で翻訳されていまして、私が知るだけでも新潮、岩波、角川、光文社、Kindleの5つ。

しかも、本当にたまたまなのですが、ちょっと前に新潮社が新訳版を出しまして、現在なんと最低でも6種類の『月と六ペンス』が読めるのです。

そして翻訳者もまた色々と個性があり、例えば新潮社の新訳は児童文学の翻訳で有名な金原瑞人さん、岩波の翻訳は非常にこなれていて読みやすいと評判の行方昭夫さん等々。もし本作にハマりましたら、翻訳による「月と六ペンス」の色の違いをみてみるのも楽しいかもしれません。今回私が紹介するのは新潮旧訳版。翻訳は、中野好夫さんです。

では、あらすじを。

イギリスの都市にて。作家の「僕」は友人の女流作家に誘われて、とある夫人が主催するパーティに参加する。

この夫人、作家と付き合うことを何よりの楽しみにしており「僕」も歓迎をもって受け入れられることに。その後「僕」は段々と夫人と親しくなるのだが、一つ不思議があった。

夫人の旦那がパーティに全く顔を出さないのだ。会ったことのある女流作家に聞いてみると「地味な人」直接夫人に訊いてみると「つまらない人」とのことだが、やはり気になるのは作家の常。夫人に話して、旦那も参加する小さなパーティに招待されることとなる。

そしてパーティで出会ったのが本作の主人公的人物、チャールズ・ストリックランド。

しかし彼はその時「僕」の頭にも残らないような、本当につまらない人間だった。

その日から幾月か経たある日、とある噂が耳に入ってくる。なんと、あのチャールズが妻を捨てフランスへ行ったという。妻の親戚からチャールズを引き戻すよう依頼を受けた「僕」は、フランスのボロホテルで彼と出会うのだが、その姿は前出会った時とは全く違うものだった……。

と、あらすじはこんな感じとなります。

「一人の目覚めてしまった天才が色々と好き勝手やって、そこに沢山の人々が巻き込まれていく物語」と考えて頂ければ。

では、ここからがこのリレーブログの本題。
三つの「キーワード」で、この作品を紹介いたします。出来る限りネタバレは避けますが、あらすじを読んで「これ以上の情報は知らないままで作品を読みたい!」と感じた方がいらっしゃれば、先を読む前にぜひ地元の図書館へ。一気読み間違いなしです。


それでは、キーワードに行きましょう。


【1】主人公の強烈な個性

何をおいても私が一番伝えたいことは、このキーワード。

本作の主人公的存在、ストリックランドを一言で表すなら「欲望」そのものです。

ある時自身の中にある火に目覚めてから死ぬまで、彼は欲望のままに生き続けました。その姿や心はあまりにも野生的で、魅力的です。

特に物語前半のストリックランドは震えるほど力強く、読了後私の心にはいつの間にかストリックランドが生まれていました。

誰にも理解されないような「欲望」を抱いたことはないでしょうか。

自身の見る景色、自身の考えていることが、人と異なったことはないでしょうか。

そんな「食い違い」を矯正することなくむしろあるがままに開放した男。それがこの、ストリックランドです。

【2】登場人物たちの忘れがたい魅力

主人公に負けず劣らずの個性と魅力が、本作の登場人物にはあります。

特にフランスでストリックランドの支援をした、お人好しで情けない、しかし誰よりも芸術への愛情を持っている画家のダーク・ストルーブと、彼を深く愛する奥さんの二人は本作随一のキャラクター。この夫婦はストリックランドに人生を大きく狂わされることとなります。

他にも、傍若無人のストリックランドを憎みながらも目を逸らすことが出来ない本作の語り部である「僕」


見栄っ張りで世渡り上手、自己中心的なストリックランド夫人。


作品後半で登場する情熱的なタヒチ島の人々などなど。皆、忘れがたい存在です。


そして、彼らに共通するのは「一面的でない」ということ。

現実に完全な悪人はあまり見かけませんが、逆に完全な善人もまたそこまでいません。

多くの人は、善や悪では捉えきれない幾つもの面を持っています。それは皆、今まで生きてきた人生の中で数えきれない経験をしてきたからに他なりません。

本作の登場人物たちも同じ。少ししか登場機会のないキャラクターでさえ、後ろに一つの人生があることが見えてきます。

この「キャラクターの面白さ」こそが本作最高の魅力と言っても過言ではありません。

【3】浮かび上がってくる描写

少々ネタバレとなってしまうのですが、本作における最後の舞台はタヒチ島となります。

ここはモームが愛した土地であり、実際に彼の他の作品でも何度かこのタヒチが登場するのですが、描写はいつもベタ褒め。この世の天国とでもいうような描き方であり、読者の目にはモームが見た素晴らしいタヒチが浮かび上がってきます。

また、本作はストリックランドの画家としての人生がテーマであるため、彼の絵の描写が幾度も出てきます。実はストリックランドにはゴーギャンという実在の画家のモデルがいるのですが、小説ではストリックランドは一人の独立した架空の画家であり、彼の絵は誰も見たことがないのですから、その描写が上手くなければの画家としての彼の素晴らしさが伝わりません。

しかし、そこはモーム。ストリックランドの絵の異質さ、エグさ、圧迫感が熱をもって伝わってきます。ぜひストリックランドの人間性と共に、彼の絵の恐ろしさを文章でもって感じて下さい。



さて、三つのキーワードで『月と六ペンス』を紹介してみましたが、如何でしたでしょうか。

本作はまさに「欲望の物語」

「自身の中にあるものを表現したい」という欲望に取り憑かれたストリックランド。

プライド、価値観を守りたいという欲望に憑かれたストリックランド夫人とその子供。

「面白いものを見たい」という欲望に負けた「僕」

哀れな「欲望」を持ってしまったストルーブとその妻。

彼らの姿には醜さと、目を逸らすことが出来ない人間としての輝きのようなものがあります。

人間は欲望なしでは生きられない存在ですが、時にそれは人を狂わます。

つまらない男を無二の歴史に残る存在に変えてしまう。理性や良心、愛を持った人に常識では信じがたい選択をさせてしまう。
そんな恐ろしい欲望に狂わされた「人」を描いた物語。それが私にとっての『月と六ペンス』です。

勿論、皆さんが本作を読んだ時に受ける印象は私と全く違うものかもしれません。私の受けたような強い衝撃は感じないかもしれません。ちょっと大げさに褒めまくりましたしね。ただ、自信をもって言えることは、本作を一読することは必ず意味のあるということ。それだけの熱を持った作品なのです。モームの『月と六ペンス』ぜひご一読下さい。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

では今回はこの辺で終わりとなり、次回は再来週。今年度の幻想文学研会長が担当となります。

また、リレーブログ以外にも積極的にブログを更新していく予定ですので、お時間ありましたら週に一回程度ご覧いただければ。ブログ担当、鹿野でした。