リレーブログもついに第3回
今回の記事執筆にあたって第2回を読み終え、考えを重ねた結果「何も考えずにテーマに合う作品を選ぼう」という結論に達した。

おそらくこの本は既読の方も多いのではないだろうか。紹介するのは歌野晶午『世界の終わり、あるいは始まり』である。

◯著者紹介

歌野晶午は新本格世代の一人。この名前はペンネームで、島田荘司が名付け親だ。

シリーズ物として持っているシリーズは信濃譲二シリーズ、密室殺人ゲーム、舞田ひとみシリーズなどである。

彼は日本推理作家協会賞を一度、本格ミステリ大賞を2度受賞。ちなみに高校時代は漫研に所属していた。

◯あらすじ

東京近郊で発生した連続誘拐殺人事件は既に3件起きていた。

自らをやや冷淡と考える主人公富樫修。彼は間違って鳴ってしまったアラームを止めるため息子の雄介の部屋に入り、そこで見慣れない名刺を見つける。

そしてそれが、運命の扉を開ける結果となった。

富樫は数日後、名刺の人物と同じ苗字の子供が連続誘拐事件で死亡したと知ることになる。

疑念が深まる中、富樫は息子の部屋を捜索、今までの被害者3名と新たな名刺を発見。

果たして息子は、事件の犯人なのだろうか。

富樫は『平穏な未来の為』『家族の為』に潔白な未来を幻想し、暴走する息子を止める妄想をし、奔走する。

本作は本格推理小説に分類していいのか非常に悩む。一つの事件に解決法を複数提示し、『現実的であるか』『解決できるか』妄想で組み立てる
独特な作品なのだ。

これから起こることの阻止、そういった点ではタイムトラベル物にも通じるところがあるのではないだろうか。

さて、本作のキーワードである。

[1]「そこはかとなく漂う儚さ」
本作では主人公が「息子が犯人ではないか」という疑念を抱きつつ事件を捜索し、想像の中で物語を進めていく。

父親が立てる空想上の行動は脆く『儚く』消え、そして息子が犯人かもしれないという父親のあきらめ、無常感がひしひしと伝わってくる。

やがて解決法は次第に『儚い』、すぐに脆く崩れ去る不安定なものとなる。
身内が犯罪を犯し、その後家族がどのような末路を辿るか、という以後を描く物語に『手紙』(著:東野圭吾)がある。

こちらは犯人の家族が犯人逮捕後徹底的に酷い目に遭う物語。『世界の終わり、あるいは始まり』での後日談にありそうな話で、本作を一読して興味を持たれた方は是非。

[2]「虚実と現実が入り混じるストーリー」
主人公は息子の犯罪の解決法を妄想してはひたすら打消し、パラレルワールドの様な雰囲気を醸し出している。

ただの妄想と侮るべからず。主人公は徹底的にリアルに即した世界を想像しては自らのストイックさでそれを打ち崩しているのだ。

読んでいるうちに「これはもっと甘い考え、そうなる『かもしれない』という考えでいてもいいのでは」と思ったことが何度あっただろうか?
何故主人公はこうも緻密に現実に即した妄想するのか?これは私の勝手な考えかもしれないが、主人公はクールでいて実は内に家族への深い愛情と社会への誠実さを秘めているのではないだろうか.

息子の冷淡さを嘆きつつ、誠実さをもってなんとか家族を逆境から救いたいと主人公は諦めず何度も繰り返し未来を作る。

その誠実さから緻密で楽観的に決して捉えない未来のシュミレートになっているのではないだろうか。
しかしその熱心さゆえに主人公は妄想にすら論破、築いた仮説をかき乱されてしまう。

妄想の中の雄介の反逆や、妄想の中での雄介の復活などがそれであり飼い犬に手を噛まれる展開に主人公は立ち尽くす―――。

[3]「子供のリアルな描写」

本作の見どころはストーリーだけではない。歌野作品ならではの登場人物の「一方的な語り」が見て取れる。

本作と離れてしまうが同じ歌野氏の作品『女王様と私』の会話文で、ファッションに関するアイテムのメーカーの名前を羅列する1ページ以上にも及ぶ会話文は圧巻である。読みにくい部分もあるが実際読んでみれば「よくぞここまで考えたものだ」と笑ってしまうかもしれない。

翻って本作、「一方的な語り」は息子の雄介が捕まった面会で犯罪の理由を滔々と独白するシーンや、後半雄介が主人公に「やりたいことなんてないし」と一方的に喋るシーンに現れる。本作では子供の『相手の話を聞かず一方的に自分が話す』様相と実によくマッチしている。

悪びれない子供の描写だけでなく、いじめの内容も物語に盛り込み現実の世界に近づけている。

雄介の会話に散りばめられた「フツー」「ずーっとマシ」「チョー」などもナマイキな子供なら普通に使っていそうな言葉ではないだろうか。
さて、本作を3つのテーマから見つめてみたがいかがだっただろうか。
歌野作品には先程挙げた『女王様と私』の他に『葉桜の季節に君を想うということ』『絶望ノート』『魔王城殺人事件』など名作が目白押しである。個人的には特に『葉桜の季節に~』が最も好きだが、テーマに沿っていないので除外した。目を見張るほどの鮮やかなどんでん返しが仕掛けられており、是非とも読んで頂きたい一冊である。

誘拐ミステリーでは『99%の誘拐』(著:岡島二人)、『大誘拐』(著:天藤真)がオススメである。『大誘拐』は笑えて泣けて楽しめる名作なので、未読の方にはオススメしたい作品だ。
さて話を戻して『世界の終わり、あるいは始まり』。比喩を使って言うなら主人公が開けたのはパンドラの箱である。開けなければ主人公は不幸な事実を知ることはなかった。

だが知らないことが必ずしも不幸であるのだろうか?

私は『世界の~』で主人公が事実を知らなかった場合は事件が明るみに出た時もっと衝撃を受けただろう、と確信している。だからこそ『心の準備ができた』という観点から見ると一概には不幸だったと言えないのではないだろうかと私は思っている。

主人公が選ぶ選択は?雄介はどうなる?詳しい物語は?

結末はあなたの目で、確かめてみてはいかがだろうか

それでは、次の方。よろしくお願いいたします。