幻想文学研究会新会長のナリエです。
一月振りの更新となります。会長就任早々リレーブログをすっぽかすという暴挙に出たことにつきましては、まことに申し訳ありませんでした。反省はしている。今月からまた会員の皆様と協力しつつ更新してゆく所存です。

今回お薦めさせて頂くのは、河出文庫から刊行のハインリヒ・フォン・クライスト著『チリの地震』です。
『クライスト短篇集』と打たれた副題の通り、ドイツの作家H・クライストの作品集となっています。クライストは夭折、また本業文学者ということもあり、残した作品の数はそれほど多くありません。だからこそ、当短編集はクライストに接近しようという読者にとって価値のあるものとなるでしょう。
収録内容は表題作を含め『聖ドミンゴ島の婚約』、『ロカルノの女乞食』など前八篇。表題作でもある『チリの地震』に特に注目してご紹介したいと思います。

【あらすじ】
醜聞によって引き裂かれたチリの一組の恋人たち。女は死刑の執行、男は絶望から自殺を遂げんとしていたまさにその時、未曽有の大震災が街を襲う。大勢の人々が命を落としたこの災害で、二人は皮肉にも死を免れることになるが……。

1.【残酷】
前回から引き継いだキーワードになります。
『チリの地震』にはクライストならではの乾いたリアリズムが通っています。
ヒロインのジョゼフェは、修道女でありながら主人公ジェローニモの子を身ごもったことで極刑を言い渡されます。これは作中で「神への不敬」とされますが、実際には人の法によって定められた罪に他なりません。一方、震災は人の手の及ばない神の采配の領域と言えます。震災という不幸によって辛くも命を救い、再会を果たした二人の愛は「天に許された」ものだと見なすことが出来る一方、人々は奇跡に免じて二人を許したりはしないのです。
二人の迎える結末は、人間の残酷さをここまで無慈悲に描き出した作品もそうないと思えるほどです。

2.【現実の昇華としてのフィクション】
『チリの地震』は17世紀にチリのサンティアゴで実際に起きた震災を元としています。内容は完全なるクライストの創作であり、実際の震災の模様とは異なる部分も多々ありますが、この出来事が作品にインスピレーションを与えたことは間違いありません。クライストは地震の恐怖や混乱というものが人々の真の姿を描き出すのにうってつけだと考えたのかも知れません。
このような実話を元としたフィクションは、完全なるフィクションともドキュメンタリーとも異なり、独特な立ち位置を獲得しています。それは「現実」の作者なりの解釈であり、答えとしての小説なのでしょう。しかしクライストの小説が優れているのは、飽くまで淡々と物語を描くことで、それを押しつけがましく感じさせないところです。そして、この小説に対する感想は、当然ながら個々の読者に委ねられています。

3.【トゥルーエンドの物語】
クライストの作品は必ずしもハッピーエンドと言えるものばかりではありません。むしろ、苦い後味を残すものが大半でしょう。しかも因果応報など自身の業によるのではなく、不条理に翻弄され、しかも何の救いもないといったものまで見受けられます。その傾向は『チリの地震』や『拾い子』などに顕著です。
しかし、クライストのストーリーテリングはお涙頂戴の悲劇というわけでも決してないのです。人々を泣かせたいがための強引なトラジディというものも、世の中には存在します(残念ながら)。クライストの小説にそのような無理は見られません。むしろなるべくしてこうなった、と思わざるを得ないようなリアリティが感じられます。ハッピーエンドではなくとも、トゥルーエンド。彼の作品に闇を見出すか光を見出すかは、読み手の感受性次第です。

以上で『チリの地震』の紹介を終わります。
8月の真夏日、猛暑日には無理に外へ出ずとも、家の中でゆるりと読書などして過ごしましょう。無論、屋内だからと言って水分補給は怠らず。