リレー・ブログ二回目「甲賀VS伊賀」(山田風太郎『甲賀忍法帖』)担当:針山

今回扱う作品:山田風太郎『甲賀忍法帖』(角川文庫) 

 前回の『月と六ペンス』が世界的な文学作品であったのに対し、(私も対抗しようと思ったのだが……)今回ご紹介する作品は日本の娯楽小説です。①から③までのテーマで私が選んだのは、②の「登場人物たちの忘れがたい魅力」(キャラクター)となりました。

 さて、『甲賀忍法帖』。一連の忍法帖シリーズのもっとも有名な作品です。ご存じでしょうか?作家の紹介とともに、今回も三つの観点からレビューしていきます。

作者紹介

 山田風太郎という作家がいた。1922年に生を受け、戦争という苛烈な時に、青春を送った。いわゆる、「戦中派不戦」の作家であったのだ。戦後「探偵小説」を多く書き、探偵作家クラブ賞を受け、かの江戸川乱歩と親睦を深めた。

 その後、本作を嚆矢濫觴とする忍法帖シリーズが爆発的なヒットとなり、大衆文学史に旋風を巻き起こした。そのストーリーや展開の奇抜さ故、異色の作家とも思われがちだが、乱歩の息のかかった、大衆文学を牽引するに正当な作家の一人であった。2001年に逝去。今なお、新たな読者を獲得し続けている。

あらすじ  

 慶長十九年。時の権力者・徳川家康は悩んでいた。二代将軍秀忠の跡継ぎは、愚劣な兄・竹千代か、それとも聡明な弟・国千代か?

悩みに悩んだ挙げ句、ご乱心の家康が閃いた方法は、峠を隔てて対峙する甲賀、伊賀を代理として戦わせて決定するというとんでもない策であった。

 賽は投げられた。やがて、両派から精鋭として選ばれた十名が死闘を繰り広げる。

 だが、図らずも両派の跡取り、甲賀弦之介と朧は恋仲にあったのだ。しのぎを削る両派。そして、死にゆく仲間たち。不条理きわまりないこの闘いを制するのは、果たして、どちらか?風太郎忍法帖を代表する記念碑的な作品。 

 一応この作品をジャンルで表すとするならば、伝記小説という風になるのであろうが、本作は、司馬も池波、吉川も読まないような人間でも楽しんで読める「伝記エンターテイメント小説」である。

 (↓ここからが本作の中で、重要な三つのテーマとなります)

【1】「登場人物たちの忘れがたい魅力」

 本作で一番ぶっ飛んでいるのは、なんと言ったって甲賀、伊賀両陣の忍者たちである。

たとえば、甲賀には、風船のように膨らんで空を飛ぶことができる巨漢・鵜殿丈助、透明人間のような忍術を体得している巨魁・霞刑部、口から毒を放つ絶世の美女・陽炎など異色の忍者たちが目白押しだ。

 対して、伊賀は、伸縮自在の手足を持つ小豆蝋斎や不死身の肉体を持つ薬師天膳、体毛を自由自在に操る蓑念鬼など、いずれも一癖も二癖もある強者どもが控えている。

 奇抜な忍術、強烈な忍者たち。まさに、個々の異様なキャラクターたちがこの作品を成り立たせていると言っても過言ではないだろう。

 

【2】「熾烈な闘い」

 さて、ミュータントのような恐ろしい力を備えた忍者たちが激しくぶつかりあうのであるから、面白くない訳がない。奇術×奇術が組合わさる時、どのような化学反応を起こすのか(これこそ本作の醍醐味なのである)、それはあなたの目で確かめてもらいたい。

 ちなみに、一般論として、小説におけるバトルシーンは描写や設定が冗長になって読者を飽きさせてしまうことや、または展開が異様に早くて読者を置き去りにしがちであるが、この作品にはそんなところは全く持ってないと言っていい。むしろ、我を忘れるほど引きつけられる内容となっているので、一度読み出すと、目玉が飛び出るほど面白い本書の物語世界から抜け出すことができなくなるだろう。時に、こんなのありか、とつっこみたくなるようなとんでもない奇妙キテレツな展開や、思わずうなってしまうような闘いの数々が惜しみなくつぎ込まれた忍法帖特有のバトルシーンをぜひ楽しんでほしい。

 

【3】「そこはかとなく漂う儚さ」

 忍法帖に共通するテーマとして、作中において「登場人物たちが次々と死んでゆく」というものがある。(事実、風太郎忍法帖の中で、主要登場人物が最後まで多く生き残っている作品はほとんどない。どの作品にも奇抜でただ者ではない奴らが登場するのだが、盛大に咲いては意外にもあっさりと散ってゆくのである。この運命に翻弄されて、徒花のように命の花を散らせてゆく様は、戦争という時代を生きた戦中派作家の死生観が反映されていると言えるのではないだろうか。この点を深く掘り下げてゆくと面白そうである)この作品も例外ではない。

 本来であれば、甲賀と伊賀は弦之介と朧の手によって和睦していたのかもしれないが、皮肉な「運命」によって、両家は対立してしまう。

 (ちなみに、この敵対する集団(家)の王子と姫の許されざる恋というテーマは、まさにシェイクスピアの悲劇『ロミオとジュリエット』である(本編に「甲賀ロミオと伊賀ジュリエット」という章さえある)ことは殊更言うまでもない)

 では、この「運命」へと向かわせたものは、何であろうか?

 もちろん、そこにあるのは、忍びという組織の「冷徹な掟」と彼らの前に立ちはだかる絶対的な「権力者」・家康ということになるだろう。(作者はシリーズを通して、これらを批判的に見ていたと思われる)

 しかし、彼らにはこの運命をはねのけて、抗する力などないし、それが許されないことを知っているのだ。

 なすすべもない不条理の壁の前で死にゆく、名も無き強者たちの哀歌。この作品は、単なる熾烈なバトル小説ではなく、権力によって捨て駒のように使われてゆく存在の「儚さ」を描いていたのではないだろうか。

 

以上、三つの観点から『甲賀忍法帖』 を紹介していきましたが、いかがでしたか?

もし、少しでも興味を持っていただけたのなら、この物語がどのような終わり方をするのか、読んで味わってください。

 

●他の作品の紹介

 『甲賀忍法帖』は膨大な風太郎作品の中の入り口でしかない。もっと変わったものもあれば、もっとキワドいものもあるのだ。この場を借りて他の素晴らしい作品群の紹介をさせていただく。

・忍法帖ものでは、この作品がお勧め。

 『風来忍法帖』

 忍法帖の中でも、最高傑作と名高い、圧倒的な作品。不真面目な香具師の一味が、最強の忍者たちに闘いを挑む話なのだが、そう簡単にはことは進まない。最初は戦う気などささらさらなかった香具師集団であったが、やがて姫を守るために身を粉にして戦ってゆく。中島らも一押しの傑作小説。

 『忍法八犬伝』

「南総里見八犬伝」をパロディ化した異色作。「八犬伝」のあらすじを知っていれば、色々なところに仕掛けがあるオマージュを追っていくのが非常に面白い。

 その他、豪傑・松永弾正の登場する本作の姉妹的作品『伊賀忍法帖』や『忍びの卍』も非常に面白い作品なので、オススメである。

・明治モノでは、これがお勧め。

 『幻燈辻馬車』

 子連れ狼ならぬ、子連れ車夫の遍歴を通して、明治初期の有名どころが次々に登場するという「まさに絢爛豪華」(筒井康隆)、夢のような作品である。

 どの作品も残りのページが少なくなるのが惜しまれるほど、虜にさせてくれる傑作であるので、ぜひご一読を。

 

●余談

 ちなみに、私は未見ではあるが、『甲賀忍法帖』は「バシリスク」というタイトルでコミック化、アニメ化もしているそうなので、そこから入るのも良いと思う。

 では、次の担当者へ、バトン・タッチ。今回の三つのテーマの中から一つ選んで、本の紹介をお願いします。

リレーブログ一回目「欲望の人」(サマセット・モーム『月と六ペンス』) 担当:鹿野

お久しぶりです。ブログ責任者?の鹿野です。

いやはや。遅れに遅れてしまいました……前回のブログでお知らせいたしました、リレーブログ。

今日、5月7日からスタートし、第二回の担当者は二週間後の一週間以内、つまり19日~26日の間にやることとなります。まぁこんな感じで「月二回」ペースでやっていこうと思います。

今年度はほんの数回で終了してしまった昨年の反省をいかし、先日の総会で12月まで全て担当者を決定いたしました。いけるはず。

とりあえず、この第一回を書き上げないことにはスタートしないので。しないので。

やっていきましょう。担当は私、鹿野。扱う作品はサマセット・モームの作品『月と六ペンス』です。

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まず注意なのですが、本作はモームの出世作、そして代表作として日本でも幾つもの出版社で翻訳されていまして、私が知るだけでも新潮、岩波、角川、光文社、Kindleの5つ。

しかも、本当にたまたまなのですが、ちょっと前に新潮社が新訳版を出しまして、現在なんと最低でも6種類の『月と六ペンス』が読めるのです。

そして翻訳者もまた色々と個性があり、例えば新潮社の新訳は児童文学の翻訳で有名な金原瑞人さん、岩波の翻訳は非常にこなれていて読みやすいと評判の行方昭夫さん等々。もし本作にハマりましたら、翻訳による「月と六ペンス」の色の違いをみてみるのも楽しいかもしれません。今回私が紹介するのは新潮旧訳版。翻訳は、中野好夫さんです。

では、あらすじを。

イギリスの都市にて。作家の「僕」は友人の女流作家に誘われて、とある夫人が主催するパーティに参加する。

この夫人、作家と付き合うことを何よりの楽しみにしており「僕」も歓迎をもって受け入れられることに。その後「僕」は段々と夫人と親しくなるのだが、一つ不思議があった。

夫人の旦那がパーティに全く顔を出さないのだ。会ったことのある女流作家に聞いてみると「地味な人」直接夫人に訊いてみると「つまらない人」とのことだが、やはり気になるのは作家の常。夫人に話して、旦那も参加する小さなパーティに招待されることとなる。

そしてパーティで出会ったのが本作の主人公的人物、チャールズ・ストリックランド。

しかし彼はその時「僕」の頭にも残らないような、本当につまらない人間だった。

その日から幾月か経たある日、とある噂が耳に入ってくる。なんと、あのチャールズが妻を捨てフランスへ行ったという。妻の親戚からチャールズを引き戻すよう依頼を受けた「僕」は、フランスのボロホテルで彼と出会うのだが、その姿は前出会った時とは全く違うものだった……。

と、あらすじはこんな感じとなります。

「一人の目覚めてしまった天才が色々と好き勝手やって、そこに沢山の人々が巻き込まれていく物語」と考えて頂ければ。

では、ここからがこのリレーブログの本題。
三つの「キーワード」で、この作品を紹介いたします。出来る限りネタバレは避けますが、あらすじを読んで「これ以上の情報は知らないままで作品を読みたい!」と感じた方がいらっしゃれば、先を読む前にぜひ地元の図書館へ。一気読み間違いなしです。


それでは、キーワードに行きましょう。


【1】主人公の強烈な個性

何をおいても私が一番伝えたいことは、このキーワード。

本作の主人公的存在、ストリックランドを一言で表すなら「欲望」そのものです。

ある時自身の中にある火に目覚めてから死ぬまで、彼は欲望のままに生き続けました。その姿や心はあまりにも野生的で、魅力的です。

特に物語前半のストリックランドは震えるほど力強く、読了後私の心にはいつの間にかストリックランドが生まれていました。

誰にも理解されないような「欲望」を抱いたことはないでしょうか。

自身の見る景色、自身の考えていることが、人と異なったことはないでしょうか。

そんな「食い違い」を矯正することなくむしろあるがままに開放した男。それがこの、ストリックランドです。

【2】登場人物たちの忘れがたい魅力

主人公に負けず劣らずの個性と魅力が、本作の登場人物にはあります。

特にフランスでストリックランドの支援をした、お人好しで情けない、しかし誰よりも芸術への愛情を持っている画家のダーク・ストルーブと、彼を深く愛する奥さんの二人は本作随一のキャラクター。この夫婦はストリックランドに人生を大きく狂わされることとなります。

他にも、傍若無人のストリックランドを憎みながらも目を逸らすことが出来ない本作の語り部である「僕」


見栄っ張りで世渡り上手、自己中心的なストリックランド夫人。


作品後半で登場する情熱的なタヒチ島の人々などなど。皆、忘れがたい存在です。


そして、彼らに共通するのは「一面的でない」ということ。

現実に完全な悪人はあまり見かけませんが、逆に完全な善人もまたそこまでいません。

多くの人は、善や悪では捉えきれない幾つもの面を持っています。それは皆、今まで生きてきた人生の中で数えきれない経験をしてきたからに他なりません。

本作の登場人物たちも同じ。少ししか登場機会のないキャラクターでさえ、後ろに一つの人生があることが見えてきます。

この「キャラクターの面白さ」こそが本作最高の魅力と言っても過言ではありません。

【3】浮かび上がってくる描写

少々ネタバレとなってしまうのですが、本作における最後の舞台はタヒチ島となります。

ここはモームが愛した土地であり、実際に彼の他の作品でも何度かこのタヒチが登場するのですが、描写はいつもベタ褒め。この世の天国とでもいうような描き方であり、読者の目にはモームが見た素晴らしいタヒチが浮かび上がってきます。

また、本作はストリックランドの画家としての人生がテーマであるため、彼の絵の描写が幾度も出てきます。実はストリックランドにはゴーギャンという実在の画家のモデルがいるのですが、小説ではストリックランドは一人の独立した架空の画家であり、彼の絵は誰も見たことがないのですから、その描写が上手くなければの画家としての彼の素晴らしさが伝わりません。

しかし、そこはモーム。ストリックランドの絵の異質さ、エグさ、圧迫感が熱をもって伝わってきます。ぜひストリックランドの人間性と共に、彼の絵の恐ろしさを文章でもって感じて下さい。



さて、三つのキーワードで『月と六ペンス』を紹介してみましたが、如何でしたでしょうか。

本作はまさに「欲望の物語」

「自身の中にあるものを表現したい」という欲望に取り憑かれたストリックランド。

プライド、価値観を守りたいという欲望に憑かれたストリックランド夫人とその子供。

「面白いものを見たい」という欲望に負けた「僕」

哀れな「欲望」を持ってしまったストルーブとその妻。

彼らの姿には醜さと、目を逸らすことが出来ない人間としての輝きのようなものがあります。

人間は欲望なしでは生きられない存在ですが、時にそれは人を狂わます。

つまらない男を無二の歴史に残る存在に変えてしまう。理性や良心、愛を持った人に常識では信じがたい選択をさせてしまう。
そんな恐ろしい欲望に狂わされた「人」を描いた物語。それが私にとっての『月と六ペンス』です。

勿論、皆さんが本作を読んだ時に受ける印象は私と全く違うものかもしれません。私の受けたような強い衝撃は感じないかもしれません。ちょっと大げさに褒めまくりましたしね。ただ、自信をもって言えることは、本作を一読することは必ず意味のあるということ。それだけの熱を持った作品なのです。モームの『月と六ペンス』ぜひご一読下さい。

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では今回はこの辺で終わりとなり、次回は再来週。今年度の幻想文学研会長が担当となります。

また、リレーブログ以外にも積極的にブログを更新していく予定ですので、お時間ありましたら週に一回程度ご覧いただければ。ブログ担当、鹿野でした。