リレーブログ九回目「中心のない世界」(時雨沢恵一『キノの旅』)担当:橋本

こんにちは。わたくし、新入会員の橋本と申します。

ようやく秋ですねえ。私は夏が嫌いなので、ようやく過ぎ去ってくれたかという気分です。
読書の秋と言われるように、この快適な季節の下で、より多くの物語に触れ、自分の中の世界観を育てていきたいと思います。
そして、文章力も……
今回は、ライトノベルでありながら、ほかの作品と一線を画す『キノの旅』について紹介したいと思います。

あらすじ
旅人のキノと言葉を話すモトラドが様々な国を訪れ、旅をする短編形式の話。
彼らが訪れる国々は、どこかおかしい雰囲気を出しており、時には危険な目にも遭う。
しかし、主人公らの心情描写はほとんどなく、客観的で、何か考えさせられるような世界観を醸し出している。

Ⅰ【言葉の力】
  ※前回の引き継ぎのキーワードです。少し意味を変えて使用させていただきます。
 ます、この物語の特徴と言ったら、ほとんどが客観的な描写であるという点です。
こんな感じで淡々と話が展開するので、何の前触れもなく残酷で予想もできない展開になることもあり、
このおかげで、「だからなんなの??」と言いたくなるような話も多くあります。
しかし、『緑の海の中に、茶色の線が延びてきた。』、『エルメスと呼ばれたモトラドが悲鳴をあげた。』
このような描写を積み重ねることにより、多様な解釈ができるという面白さがあると思います。
また、その大半が、広大な荒野とそこを駆けるモトラド(バイクのことです)にまたがる人間、この広い世界に点在する国、村、
っといったスケールの大きなものです。宇宙にもたとえられるような……
こういった世界観を出せるのは、そう、作者の言葉の力のなのです。

Ⅱ【新しい価値観】
 読んでいて思うのですが、出てくる国々はみなどこかおかしいのです。
しかし、そこで生活する住人はそれが普通のことであるかのように振舞います。
そして、主人公キノはそれが残酷だろうと、喜ばしいことだろうと、同情もせず、ただ見つめ続けるっといった態度を
貫きます。時には主人公だって、え?っと思うようなことを平気でします。
しかし、その世界では当たり前のことなのです。我々が共有する常識があるように、彼らにもまたあります。
もちろん、現実世界にも同じようなことが言えます。われわれが見ている世界はほんの一部でしかない。
この「キノの旅」に驚かされるのは、いかに私が固定観念に縛られているかを思い知らされるところです。

Ⅲ【ジェンダー】
 ジェンダーとは社会的、文化的に形成された性のことをいいます。
女は優しくあれ、男はたくましくあれ、といったフレーズもそれにあたりますし、
物語のヒロインは可愛いくなければならないといったものもそうだと思います。
ほとんどのライトノベルのヒロインもこの原則に縛られていると私は思います。
しかし、なんと主人公キノは、はっきりと性別が示されておらず、セリフの言い回しも
敬語を使うので、推測もできません。(ただ、読んでいくうちに、キノの性別が示唆されているところが所々にある)
キノはジェンダーから解放された数少ないキャラクターなのです。
最近、メディアでも、女装家、ゲイ、レズビアンなどが徐々に取り上げられていますが、
出版された年がゼロ年代初頭だという点を考えると、とても斬新で、先進的なように感じられます。

以上です。冗長な文章でしたが、ここまで読んでいただいた方に、心より感謝申し上げます。
そして、これからも橋本をよろしくお願いします。

 

リレーブログ八回目「幼き者の復讐劇」(辻村深月『ぼくのメジャースプーン』)担当:鈴木

 どうも、新会員の鈴木です。
 先日、学校へ向かう道の途中でセミの鳴き声が聞こえてきました。もう秋なのによく頑張っているなと思うと同時に、きっとあの声に応える相手はもういないだろうなと寂しい気持ちになったことを覚えています。
 今回紹介する辻村深月の『ぼくのメジャースプーン』は、読者をそんなセンチメンタルな気持ちにさせてくれる作品です。

あらすじ
「ぼく」の幼馴染みのふみちゃんは決して美人ではない。大してオシャレなわけでもなく、レンズの分厚い眼鏡をかけて、歯には矯正器具をつけている。でも頭が良くて、話が面白くて、みんなからは頼りにされる。「ぼく」の憧れの存在だ。
 ある日、学校で飼っていたウサギが惨殺される事件が起きた。第一発見者になってしまったふみちゃんはショックで心を閉ざし、しゃべることができなくなってしまう。「ぼく」はふみちゃんのため犯人の市川雄太に復讐することを決心する。

1.【現実との接点】
前回からの引き継ぎワードです。
 動物虐待やPTSDなど扱っている内容は暗いものがほとんどです。特に心が削られるのは、加害者側の悪意の軽さでしょうか。やった本人たちにはさして悪気があったわけではない、しかしされた側にしてみれば笑えない。ウサギを殺した市川雄太もそうですが、身近なクラスメイト達からもそんなタチの悪さが滲み出ています。現実でもままあることですがそれだけに、ふみちゃんや主人公である「ぼく」が翻弄される様子には無視できないものがあります。

2.【言葉の力】
 主人公にはある特別な力があります。作中では「条件ゲーム提示能力」と呼ばれるそれは、声をかけた相手に暗示をかけることができるというもの。使い方次第で相手を自由に操ることができ、主人公の復讐の要となるものでもあります。
 基本的には「Aをしろ、さもなければBになる」という形で相手に強制的にゲームを仕掛けます。
Aという条件を提示して、相手がそれを達成できない、又はしない場合はBという罰を与えることができます。 他にも同じ相手には一度しか使えない、物理的な妨害もある程度ならできるなどこまかい設定がいくつもあり、この能力の設定が物語の重要な仕掛けにもなっています。

3.【罰することは難しい】
 主人公は秋山先生(主人公と同じく「条件ゲーム提示能力」を使える。)と一緒に市川雄太に対してどんな復讐をするのかを考えていきます。
復讐は本当にするべきか。なんのため、誰のためにするのか。実際にあった復讐の方法や喩え話なども交えて、会話は進みます。そこからは平和的なものから血で血を洗うようなものまで、賛否両論があるだろう答えがいくつも出てきます。
 小学四年生の「ぼく」が出す答えも決して完璧なものではありませんが、それは人を思う気持ちあっての結果かもしれません。

 以上で本の紹介を終わりにさせていただきます。
 最後になりますが、ブログの更新が遅れてしまい本当にすいませんでした。次回の方にはもっと余裕を持ってバトンタッチしたかったのですが、どうにも思うようにいきませんでした。次回からはそれが出来るよう努力します。今後ともどうぞ、よろしくお願いします。