2017年度第六回目リレーブログ「夜間飛行」サン=テグジュペリ 著 担当:平良

はじめまして!今回リレーブログを書かせていただく1年の平良と申します。
立秋もだいぶすぎてようやく過ごしやすい気候になってまいりました。調べたところ、立秋は中国の黄河のあたりの寒い地方が基準になっており、それがそのまま日本に伝わったためちょっと季節感がよくわからないことになっているみたいです。自分の学科的にはぜひとも掘り下げたい話題なんですが……、閑話休題。

さて、今回紹介させていただくのはサン=テグジュペリ『夜間飛行』です。
(すみません一応ミス研なんですけどテーマに沿ってかけるやつ探してたらこれになりました)

あらすじ(Amazonより引用)
第二次大戦末期、ナチス戦闘機に撃墜され、地中海上空に散った天才サン=テグジュペリ。彼の代表作である『夜間飛行』は、郵便飛行業がまだ危険視されていた草創期に、事業の死活を賭けた夜間飛行に従事する人々の、人間の尊厳を確証する高邁な勇気にみちた行動を描く。実録的価値と文学性を合わせもつ名作としてジッドの推賞する作品である。他に処女作『南方郵便機』を併録。

<ファーストコンタクト>*前回からの引き継ぎワード
『夜間飛行』の舞台はまだ夜間の郵便飛行業が始まって間もないころ。「汽車や汽船に対して、昼間勝ち優った速度を、夜間に失うということは、実に航空会社にとっては死活の重大問題だ」--支配人リヴィエールは、軍事行為以外では考えられなかった夜間飛行、しかも当時必ず失敗すると言われていた夜間の定期航空を試みます。
操縦桿を握る自分の手すら見えないような深い闇、現代に生きる私達には想像もつかないような黒の世界に操縦士達は出会い、それを乗り越えようと奮闘します。夜間の定期航空は、人々にとって新しい時代とのファーストコンタクトであり、操縦士達にとっては慣れたはずの空の別の顔とのファーストコンタクトでもありました。

<孤独>
サン=テグジュペリの作品は心地よい孤独で満ちています。『星の王子さま』での主人公と王子様、または王子様と薔薇、ヘビ、狐、様々な星に住む人々などが、まるで独り言を呟きあっているような会話劇、あの優しいけれどどことなく寂しい雰囲気。『夜間飛行』では、『星の王子さま』より現実的な人間が描かれることにより、この雰囲気が一層強く読者に迫ります。
一見冷徹に思われる支配人リヴィエールは裏にある自分の信念を誰にも明かさず、ある操縦士は夜毎恋人を残して1人夜の空へ挑み、恋人は夜の街に沈むように操縦士を待ちます。嘆くでも悲しむでもなく、当たり前のものとして各々の孤独を受け入れ、お互いの孤独に干渉せず触れ合うその姿はとても優しく、心地良い。その中でついに孤独に耐えかねる監督ロビノーの姿は、普通の人間のようであるとともに、作品の中で際立って悲しい存在なのかもしれません。

<恐怖>
前例のない夜間の定期航空には様々な恐怖がつきまといました。それは自分の手すら見えない闇への恐怖であったり、墜落してしまうことへの恐怖であったり、フライトが失敗することへの恐怖であったり、恋人が2度と戻ってこないことへの恐怖であったりします。とかく未知から生まれる恐怖は漠然としていて、人々は漠然とした何かに対し、しかし明確に闘いを挑みます。その態度はいっそ傲慢だと蹴飛ばしたくもなりますが、悩み苦しみながら必死にもがく姿はどこか愛おしくもあるのです。

こんな感じでいいんでしょうか…。
サン=テグジュペリといえば『星の王子さま』が有名でこれだけは知ってる!読んだことある!という人が多いのですが他のも面白いぞ!とオススメしまくっていきたい所存です。
拙い文章ですが最後まで読んでいただきありがとうございました!

2017年度第五回目リレーブログ「太陽の簒奪者」野尻抱介 担当:白山慶劃

はじめまして、一年の白山慶劃です。

飛び交うセミがこちらに向かわないか戦々恐々の今日この頃、皆さまいかがお過ごしでしょうか。今年も相変わらず暑いですね。因みに佐藤大輔を崇拝した結果、〆切二か月過ぎました。本当に申し訳ない。
紹介するのは、野尻抱介の「太陽の簒奪者」です。ネタバレさせて頂きますので、お覚悟を。

あらすじ(裏表紙より引用)
西暦2006年、水星から突如として噴き上げられた鉱物資源は、やがて太陽をとりまく直径8000万キロのリングを形成しはじめた。日照量の激減により、破滅の危機に瀕する人類。いったい何者が、何の目的でこの巨大リングを創造したのか?―異星文明への憧れと人類救済という使命の狭間で葛藤する科学者・白石亜紀は、宇宙艦ファランクスによる破壊ミッションへと旅立つが…。

<ファーストコンタクト>
2017年上半期のSF界隈は、ファーストコンタクトものを流行らせようという動きが露骨であったが、本作は日本SF復興の狼煙を挙げたゼロ年代のファーストコンタクトの一つである。本作は、未知のナノテクノロジーが急速に作り上げた「リング」の発見と、それを建造したであろう異星人、即ちビルダーと直接出会うまでの過程に大きく紙面を割いており、野尻抱介らしい軽い文体でありながらハードSFとしての評判にも頷けるリアリティ溢れる描写が魅力。当然、技術面に留まることはなく、意図せざると言えども冷害による被害を与えた脅威としての側面を持つビルダーと、これに対峙する人類側の、友好派と脅威派双方の葛藤の描写も象徴的である。しかし、私が敢えて注目したいのは、AIとの関係だ。

<AI>
2017年の今だからこそ、異星人と同じだけの存在感を発しているものが、AIナタリアと言えよう。ナタリアは作中では唯一真に異星人と交流できた人類の生み出した存在であり、また人類では理解することができなかった存在であった。作者は、ファーストコンタクトというものは、必ずしも異星人などの人類とは関係のなかった知性体と起こることではなく、人類が生み出した知性体であっても起こり得るということを表したかったがために、AIを出したと語っている。2045年に技術的特異点―シンギュラリティー、即ち人類を越える能力を有する汎用AIが誕生するとまことしやかに語られるが、面白いことに、現在人類の開発している専用AIであっても、その技術は黒魔術と開発者自身が揶揄するほどブラックボックス状態に陥っている。また、Facebookのチャットボットの二機が突如として独自の文法を用いて会話を始めたことも耳新しい

これらAIの共通点は、深層学習を用いて独自に学習しており、AIの意図を人間が読めない点にある。これは、人間には読み切れないほどの膨大な情報を、しかも自己学習してしまう為に、共通のお約束というものをAIが共有していないことが一因として挙げられる。勿論、他の要因も考えればキリがないが、それを考えるだけでも異質の存在を理解することの難しさは想像できよう。このような、AIの意図を解析する、或いは人間に理解させる機能を実装させる動きは、技術的特異点と呼ばれるほどに社会へ影響を及ぼすと考えられる、汎用AIの開発に向かうにつれて本格化するだろう。人間とは、宣託の巫女に全てを任せられるほど理想主義でなければ、また完全なものを造り出せるほど優れている訳でもないからだ。既に異なる文明とのファーストコンタクトを繰り返してきた我々の歴史において、将来確実に起こり得る新らたなファーストコンタクトとは、AIとの対話であろう。

<死>*前回からの引き継ぎワード
エピローグは思わぬ人物の独白で戸惑った者もいるだろう。少なくとも、私はその一人だ。何故彼なのかは読み進めればその訳が判る一方で、その意図について考えさせられることになる。異質な存在として設定されたビルダーたちの死生観と共にその思案を垣間見ることになるエピローグは、僅か二ページしかないが、しかしある意味で、最も鮮やかにビルダーと人間との違いを描いていると言ってもよい。同時に、彼らなりの温もりを感じさせられるこのエピローグは、どこか希望に満ちたものも感じられる。

負けました、このエピローグ、好きです。

最後に…
没原稿とした伊藤計劃「ハーモニー」の書評は、会誌に投稿予定です。

2017年度第四回目リレーブログ「青少年のための自殺学入門」寺山修司 著 担当:鈴木茉莉花

こんにちは
今回リレーブログを担当させていただくfsm2年の鈴木茉莉花です。
とっくのとうに梅雨入りしたはずなのに全然降っておらず、私は雨が好きなので残念に思っています。
雨独特のメランコリックな雰囲気が恋しいです。

今回紹介するのは、寺山修司氏の「青少年のための自殺学入門」です。

あらすじ(amazonから引用)
死ぬ自由くらいは自分で創造しよう!―死の音楽、死神占い、死と賭博等の考察から、自殺機械の作り方、上手な遺書の書き方、動機の立て方、場所の選び方、自殺のライセンスまで、死と真面目に戯れ、方法化し、受け身の死を排し、“充分に生きるために”死の確固たる思想を打ち立てることを軽妙な筆致で提唱する、寺山版自殺マニュアル。

<死>
この本のメインテーマは、題名からも分かるように 死 です。
私は哲学が好きなので、日頃死について考える機会が多いのですが皆様はいかがでしょうか?
当たり前のように今日を生きて、当たり前のように明日があって・・・
本書は、忙しい日常を生きていると忘れがちなこと、目をそらしたくなるような真実に向き合わせてくれます。

<強いメッセージ性>*前回からの引き継ぎワード
個人的な感想で申し訳ないのですが、私が考察したところ、寺山修司氏は自殺学入門と題して紹介しておきながら、本当は命の尊さや生(せい)の本質を伝えたかったのではないかと思いました。
人間は死ぬために生きているんだ、とかどんなに頑張っても死んだら全部無くなるんだから意味がない、とか言う人がいますが、そんなことは生きているからこそ感じることができるもので、すなわち生きる=死を意識することだと感じました。
余命を宣告された人が、残りの人生をなるべく悔いなく生きたいと思うのと同じで、死には生(せい)を鮮やかに彩る力があり、寺山修司氏はこのようなことを青少年に向かって伝えたかったのではないかと思います(超個人的解釈)。

<詩>
寺山修司氏は長編小説も著しましたが、主に詩を書くことが多かったので、本書も沢山の詩で構成されています。
短い詩が多いので隙間時間にサクッと読むことが出来てオススメです。

紹介文は以上になります。
最後までご精読ありがとうございました。
投稿の期日を過ぎてしまい申し訳ありません・・・
本書に興味を持ってくださる方がいらっしゃったら嬉しいです^-^

2017年度第三回リレーブログ 「カエルの楽園」百田尚樹 著 担当:トミタ

こんにちは、今回リレーブログを書かせていただくfsm2年目の富田です。もう春だと思っていたらあっという間に初夏。暑いですね!先日、家に黒いアイツが出現しました。新聞紙で叩こうとしましたが、部屋の隅に逃げられてどっかいっちゃいました。最近はほぼ毎日半袖です。でももうすぐ梅雨なので、少しは涼しくなるかもしれません。最近は大学になれてしまったせいか、時間の流れが早いです。「あれ、この授業を受けると言うことはもう一週間経ったのか!「あれ?この月9ドラマ昨日もやってなかったっけ?」といった具合です。皆さん、「時は金なり」この言葉を大事にしましょう。時間はお金じゃ買えません。戻りもしません、つまり僕の考えではお金よりも価値のあるものだと思います。どうでもいい話はこれくらいにしてそろそろ本の紹介に行きましょう。

今回紹介するのは、百田尚樹さんの「カエルの楽園」です。カエルが挿し絵などに大量に出てくるのでカエルがどうしても苦手な方は遠慮したほうがいいかもしれません。
〈あらすじ〉Amazonより引用
最大の悲劇は良心的な愚かさによってもたらされる

祖国を天敵のウシガエルによって追いやられ、安住の地を求めて旅に出たソクラテスとロベルトは豊かな国ナパージュにたどり着く。そこは心優しいカエルたちが暮らす゛平和な゛国だった。しかし、そこには隠された秘密があった…

〈人間以外が主人公〉
この本は最初から最後までずっとカエルが主人公でカエル目線で話が進んでいきます。なので、カエルの生活が人間なんかよりいかに大変かが分かります。

〈幻想〉*前回からの引き継ぎワード
この話に出てくるナパージュは[三戒]という決まりがあります。それがどういう内容かを言ってしまうとネタバレになりかねないのでご了承下さい。ナパージュのカエルたちはこの三戒があれば、ずっと平和なんだ、と信じていました。ところが、ある日この国にもウシガエルたちが攻めてきます。カエルたちは三戒を信じているので大丈夫だろうと胸を張っていましたがウシガエルたちにどんどん食べられてしまいます。なぜそうなってしまったか、それはこの本を読んで三戒がどんなものであるかが判れば解けます。結局、平和というのは、彼らの幻想に過ぎなかったのです。

〈強いメッセージ性〉
この小説は推理小説でも冒険小説でもありません。最近、芥川賞を受賞した村田沙也加さんのコンビニ人間のように強いメッセージ性を感じることが出来ます。この小説の結末は衝撃的です。ネットでは賛否両論ですが、私はありだと思います。
なお、この小説は途中で残酷なシーンが多めなので、対象年齢は15歳以上対象といった感じです。

最後に…
最後までお読み頂き、ありがとうございました!
もうすぐ梅雨ということで、このカエルたちのお話にしました。今後は気温の変化が激しくなるそうです。皆さま、体調管理に気をつけてお過ごしください。

2017年度第二回リレーブログ『星降り山荘の殺人』倉知淳 著 担当:鱸

春は終わりを迎えつつあり、これから梅雨に入ると思うと気が重くなる、そんな今日この頃です。会員の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
今年度からミス研の会長になりました、鈴木こと、鱸です。今年度2回目のリレーブログを書かせていただきます。よろしくお願いします。
さて先月行った読書会では、課題本の1つとして、有栖川有栖の『スイス時計の謎』を出させていただきました。こちらの表題作は、犯人当ての推理小説として非常に完成度の高い作品でしたが、今回紹介する倉知淳の『星降り山荘の殺人』も、緻密なロジックが売りの犯人当て推理小説です。

あらすじ
突発的な天候不良により、下界から隔離された山荘で殺人事件が発生した。殺害されたのは山荘の持ち主。容疑者は山荘に集められた男女8人。売れっ子女流作家にUFO研究家、果てはスターウォッチャーといずれも癖のある人物ばかり。いったいこの中の誰が犯人なのか。読者に対して、あくまでもフェアに勝負を挑んだ長編推理作品。

1、閉鎖
あらすじでも書いた通り、本作の舞台は閉ざされた雪の山荘、いわゆるクローズドサークルだ。クローズドサークルとは、何らかの事情で外界との往来が断たれた状況、あるいはそうした状況下でおこる事件の事(Wikipedia参照)。推理小説ではおなじみの舞台設定だ。その理由は、容疑者の限定や警察、科学捜査の非介入など、物語を推理小説として成立させるための条件が同時に達成できるためである。
種類としては、今回のような雪の山荘や絶海の孤島などが有名で、核シェルター内に閉じ込められる、なんてものもある。日常から隔離されたこの状況は、それだけでミステリーファンの心を躍らせるものがある。

2、論理

犯人当ての面白さといえば、緻密なロジックの積み重ねにある。探偵役は現場の状況、凶器、アリバイなどの条件をもとに、容疑者から犯人を絞り込んでいく。それら1つ1つが、どれほど論理的であるかどうかが、推理小説として面白くなるかどうかの重要な要素だと言える。
本作には、そんな緻密なロジックがいくつもある。なぜ犯人はこの凶器を選んだのか。なぜ警報装置をセットし直したのか。雪上に残された円の意味とはなにか。一見すると犯人には結びつかないような謎まである。しかし、これら全てに、誰しもが納得するような合理的な理由があるのだ。そして、それをもとに犯人の限定がなされていく。可能性が1つ1つ消えていき徐々に犯人へと近づいていく、そんな理詰めの美しさが際立っている。

3、幻想(前回からの引き継ぎワード)

※以下、場合によってはネタバレの恐れがあるのでご注意下さい。

事件が起きると、探偵役が推理し、犯人を当てる、またはトリックなどの謎を解く。これは推理小説定番のストーリーである。いつだって探偵役が謎を解き明かし、物語の結末を迎える。これには無敵の名探偵の様な幻想的な面もあるのだが、その一方、物語として面白みに欠ける部分もある。もちろん、そういった推理小説の面白さは、謎やトリックといった別のところにあるだろう。ただ、ストーリー展開という面だけで考えると、どうしてもワンパターンになってしまうのだ。
この予定調和を崩す様な作品も推理小説の中に存在する。本作もそのうちの1つだ。だが、本作が他よりもさらに上手いところは、予定調和を崩しつつも、王道のラインからはそれていないことだ。仕掛けがわかってから読者は初めて、”あくまでフェアに勝負を挑む”ことの意味を理解し、感嘆することになるだろう。

2017年度第一回リレーブログ「春琴抄」谷崎潤一郎 著 担当 うどん粉

 皆さんこんにちは。ご機嫌はいかがでしょうか。今年から幻想文学研の会長となります、うどん粉です。至らぬ身ではございますが、これからよろしくお願いします。
 今世間では桜舞い散る季節となり、あらゆる物事が「始まる」時期であると思います。そういった時期になると期待と共に、秋とは違った物寂しさが心に吹き込む気がします。しませんかそうですか。
 
 さて、長くお堅い挨拶はほどほどに。今年度最初ということで今回はリレーブログの簡単な説明もかねて進めていきたいと思う。
 リレーブログは会員がオススメの本を3つのキーワードを使って紹介していくというもの。その3つのキーワードの内の1つは前任の会員が使ったものから引き継ぐ。但し、前任の会員がさらにその前の会員から引き継いだものは選べない。つまり、ずっと同じキーワードを引き継ぐことはできない仕様となっている。ずっと同じだとつまんなくなっちゃうからね。しょうがないね。
 
 うだうだと近況報告と説明に文字を消費するのも悪くないのだが、本題の作品紹介と行くとしよう。今回紹介する作品は、谷崎潤一郎氏の「春琴抄」。この作品、今更僕のようなクソ雑魚ナメクジが紹介なんておこがましい事この上ないがどうしても書きたくなっちゃったのである。いいだろ好きなんだから。この作品は「鵙屋春琴伝」という一冊の書物を手にした「私」が、春琴の墓と、その横に小さくある佐助の墓を参り、2人の奇縁を語り始めるモノローグで始まるという、第三者の視点から二人の人物「佐助」と「春琴」の人生を語る形式となっている。
 丁稚の佐助は失明した春琴の目であり、琴の弟子として日々を過ごす。そのままいろいろありながらも春琴の方はわがまま且つ自尊心が強く育ち、佐助はそんな春琴に従順な弟子兼世話役として成長する。しかし春琴の性格が災いしある夜、何者かにお湯を顔にぶっかけられるという事態になってしまう。命に別状はないものの、かつての美貌は火傷によって損なわれ二人は悲しみに暮れる。そこで佐助が起こした行動とは己の目を潰し、春琴の惨状を見ることなく側に仕え続けるといもの。これに感激した春琴は佐助をこの先最後の時まで側に仕えさせ続けさせた。盲目ではあれど2人は互いに手や皮膚で触れるものから愛情を分かち、享受して過ごした。佐助が目を潰してそれを春琴に告げたその瞬間が、かけがえのない主従関係から「夢の中」で愛し合う二人になった時なのだろう。

【キーワード1:思考】※引継ぎキーワード
 この作品は谷崎氏の考える耽美なるものをこれでもかと盛りに盛った作品だということがよく言われている。マゾヒズムの極地。しかし単に肉欲を求めるだけのマゾヒズムではなく、そこには神に対する尊敬と畏怖に似た美しいものへの崇拝のようなものがあり、己の身を焼いてでもそれに奉仕したい、若しくは近くにいたいという彼の考えが垣間見える。その甘い香りに読者である我々は惹かれ、酔いしれ、蜂蜜に浸る砂糖のようにひたすらに脳髄の奥を溶かし、恍惚の息を漏らすのだ。これこそが彼の求めた耽美というものなのかもしれない。

【キーワード2:官能性】
 世に出回る官能小説と比較してみて、皆さんはこの小説を官能小説とは呼ばないかもしれない。一般に官能小説とは性描写が入ってきてこそと思われる。確かにそれもある。しかし、官能とは感覚器官を通して得られる快さのことで、特に性的な感覚を言う。直接的な性描写でなくとも我々は、視覚を通して脳にこの作品のような歪でありながらも美しく魅惑的な愛の世界を送り込むことで耽溺し、悦に浸ることが出来る。これは立派な純愛小説であり、官能小説である。決して官能を卑下することなかれ。

【キーワード3:幻想】
 佐助が己の目を潰したのは本当に春琴の為であろうか。僕はそうではないと思う。正確には愛する者の為も一応あっただろう(現に春琴は包帯を換えるときは見られたくないからと、佐助すら部屋を追い出されるほど塞ぎこむ)が、自分の中で出来上がった美しい「春琴」を醜くなった春琴で汚されたくなかったから、というのが本音だと思う。きっと耐えられなかったのだろう。佐助は自ら醜く変わった外界を捨て、自分の中の幻想の春琴と生きることを選んだのだ。声と体温は現実の春琴が補ってくれるから佐助は思う存分に「春琴」と愛し合える。2つの世界を通して春琴という存在を愛す。佐助は作中最も身勝手ながらも、最も愛情深かったのだ。

 
 さて、かなりのビッグネームを紹介したわけだが、内心冷や汗ダラダラである。あかん、これ的外れなこと書いてるんちゃうか、みたいな感じの。ま、お叱り等は勘弁してやってください。何しろケツの青いクソガキなもんで。

リレーブログ2016年度第14回『くっすん大黒』(町田康著)担当:佐藤

明けましておめでとうございます。去年は大変お世話になりました。今年も宜しくお願いいたします。2016 年は本当に多くの方々にお世話になりました。その分2017 年はお世話になった方々にできる限りの恩返しができたらな、と考えています。
それはそれとして突然ですが皆さん、クズ、してますか?クズに興味があり、なおかつまだしていないのであれば大学生のうちにやっておきましょう。なぜならば今が社会的なリスクを負わずにクズでいられる最後の機会だからです。オール自慢、二日酔い自慢、サボり自慢が通じるのは今だけなのです。もし社会人になってから「クズなことをしたい!」「オレは最強のクズになってやるんだ!」と一念発起し前述のようなことをした場合上司や先輩に怒られ、同僚には疎まれ、部下や後輩に蔑まれるという辛い窓際生活を送ることになってしまいます。かと言って一度もクズをやった経験がない場合、将来飲み会等で定番の「昔はクズだった自慢」の流れになった時会話に参加できず、ただ傍らで作り笑いをするだけの辛い時間を過ごす羽目になってしまいます。クズはできるうちに、存分にしておきましょう。そういう訳で今回は「クズなことをしたい!でも具体的に何をすればいいの?」という皆さんの指針となる、主人公がクズな小説を紹介したいと思います。芥川賞受賞作家、町田康の処女作であり代表作の一つでもある「くっすん大黒」。妻に逃げられた自堕落な男が何度捨てようとしても捨てられない大黒様の置物を捨てるために同じく自堕落な友人、「菊池」と共に捨てに放浪するという「薄汚れたロード・オブ・ザ・リング」のようなストーリーです。

・テーマ性(引き継ぎワード)
ユーモラスな文体とは裏腹にこの小説に一貫して描かれているものは誰しもが持っている自分への漠然とした怒り、鬱屈とした感情や嫌悪、焦燥といったマイナスな感情です。意外と共感できる箇所も多いと思います。

・荒唐無稽
この小説を一言で表すのならばこの一言につきます。明確な「得るもの」を求めて読書をするタイプの人には全く向きません。この小説の掴みどころのなさに怒りを覚えることでしょう。

・思考
皆さんが文章を書くとき、頭の中の文章をどうやって文字に起こしますか?大抵の人は脳内にあるふわふわとしたイメージの断片を関連付け、順序付けして論理的意味の通ったものにするという工程を経て文章にすると思うのですが、この作者はそれをしません。脳内にあるふわふわとしたイメージの断片をそのままに近い形で文章に起こしているのです。それでいて全く意味不明、という訳ではなく何を言わんとしているのかが何となく分かるのです。これは絶妙なバランス感覚の持ち主でないとできないことです。こればかりは読んでみないとうまく伝わらないと思いますので気になったらぜひ読んでみてください。もし肌に合わなくとも話の種にはなります。

リレーブログ2016年度第13回『ブラインドサイト』(ピーター・ワッツ著)担当:大野

まずは謝罪から、12月後半担当だったのですがかなり遅れてしまい申し訳ありません。
言い訳をさせていただくと今回の本がハードSFでちょっとバリカタ過ぎまして…
読むのが辛かったというか、なんというか・・・面白かったんですけどね!
さて、初めまして新入生の大野と申します。サークルには7月から所属しましたので顔を合わせていない方もいるかと思います。以後お見知りおきを…

今回紹介させて頂く本はピーター・ワッツの『ブラインドサイト』です。
第45回星雲賞の海外長編部門を受賞。作者は博士号を取得した海洋生物学者にしてSF作家。学者だからなのか理論づけられた文章は、興味深くも難解。メインテーマは「意識」、人の意識とは何か、それが何のために存在し、どのように働くのかについて、500ページもの物語で迫っていく。伊藤計劃の『ハーモニー』は英訳されているため、『ブラインドサイト』とのテーマの共通性を指摘する書評や感想もあるそうです。

あらすじ(引用)
突如地球を包囲した65536個の流星の正体は、異星からの探査機だった。調査のため出発した宇宙船に乗り組むのは、吸血鬼、四重人格の言語学者、感覚器官を機械化した生物学者、平和主義者の軍人、そして脳の半分を失った男。彼らは人類の最終局面を目撃する―。

・過去語り(引き継ぎワード)
この本では各章の始まりなどの場面転換の際、主人公シリ・キートンの過去のエピソードが語られる。主人公の、父、母、親友、そして恋人とのやりとり。脳を半分失い共感能力を失った男のコミュニケーションはどうしようもなく上手くいかない。

・テーマ性
前述の通り「意識」がテーマのこの作品。意識が知性にとって障害となるという議論を、哲学から科学まであらゆる視点で総合的に考察していく。また、語り手がくり返し”自分が・・・だと想像してみてくれ”と読者に呼びかけることで”他者に共感することは可能なのか””人は他者を理解することができるのか”という『ブラインドサイト』の主題を強調し、われわれに疑問を投げかけてきます。

・多様(異様?)なキャラクター(たち)
四重人格の言語学者、感覚器官を機械化した生物学者、平和主義者の軍人、これらでも濃いのに、脳の半分を失った男、極めつけには吸血鬼までが登場する。これほどまでに多様な登場人物がいる作品はなかなか無いのではなかろうか?かえって個性のバランスが良く整っているようにも思えてくる。実際読み進めると、吸血鬼の親和性に驚くはず。また、登場人物それぞれの個性と行動が「意識」への議論を補強し無駄になっていません。

『ブラインドサイト』は上・下に分れているのですが、下にまでなんとかたどり着ければ本作で最も面白い部分である、作者の狂ったような参考文献と注釈、テッド・チャン氏の解説が読めるので上と下を同時に購入し、逃げ道を無くしてから読むのをオススメします。
続編の和訳本『エコープラクシア 反響動作』がついに出版されるので、読むなら今かと思われます。
あっそうでした、あけましておめでとうございます。