こんにちは(編集時午前2時)、幻想文学研究会のうどんの粉です。四月は中ごろ、桜の木も緑の衣に身を包み、始まりの季節から段々と順応の季節になり始めている頃だと思う。そんなことを思う僕も、もう3年生。働きたくねぇわ、ホント。それはさておき、現会員も含めてリレーブログなるモノをご存知だろうか。1か月に2回ほどのペースであるにもかかわらず、何と去年は9月で更新をストップさせるという暴挙にでて、そのまま今の今まで放置されてきたのである。それを先日SF研会長から指摘されたときには流石に寒気が走ったね。マジで。

さて、では忘れている現会員もいるかもしれないので今年度、いや今年最初である今回はリレーブログの簡単なルール説明もかねて進めていきたいと思う。といっても難しいモノではない。リレーブログは会員がオススメの本を3つのキーワードを使って紹介していくというもの。その3つのキーワードの内の1つは前任の会員が使ったものから引き継ぐ。ただし、前任の会員がさらにその前の会員から引き継いだものは選べない。つまり、ずっと同じキーワードを引き継ぐことはできない仕様となっている。つまんなくしない為のセーフティ的な。今回はせっかくだから前担当の平良さんの記事のキーワードの1つ、【孤独】を引き継いで『娼年』を書いていこうと思う。会誌でも紹介してたやんという意見は受け付けてません。

〈あらすじ〉

恋愛にも大学生活にも退屈し、うつろな毎日を過ごしていたリョウ、二十歳。だが、バイト先のバーにあらわれた、会員制のボーイズクラブのオーナー・御堂静香から誘われ、とまどいながら「娼夫」の仕事をはじめる。やがてリョウは、さまざまな女性の中にひそむ、欲望の不思議にみせられていく……。いくつものベッドで過ごした、ひと夏の光と影を鮮烈に描きだす、長編恋愛小説。

 

【孤独】※前回からの引継ぎキーワード

主人公のリョウは幼いころに母を亡くす。その頃からだろう。彼の心には穴が開いたのは。その穴はリョウにどんなに瑞々しい肉体を抱いても満たされず、女性の底というものを決めつけさせるということを課した。果たして母という存在があれば彼はこうならなかったかというのは断言できないが、母の死去は彼に喪失感を与え、空虚と孤独をもたらしたのは間違いない。しかしそんな冷め切った心も数々の女たちを前に、徐々に氷解していく。

【欲望】

閉じ切ったリョウに情熱を取り戻させたのは、娼夫として出会った女たちの身勝手な欲望である。決して日常生活では満たされない、倒錯的といってもいい程のリビドーは、リョウに女性の、全ての人間が持つ可能性という光を気付かせる。一人ひとりが千差万別。そしてその欲望のルーツには必ずその人の物語がある。だからこそ全ての人間は美しく、魅力があるのだという気付きは、彼に女性への興味という情熱を取り戻させるのに足りて余りあるものだったろう。

【やさしさ】

このボーイズクラブでトップの人気を誇るリョウは出会う女性たちの嵐のような、それでいて壊れやすい硝子細工のような欲望を前にしたとき、それを否定せず、かといって賛同するでもなく、ただ従う。彼女らが満たされるように。そして彼女たちのありのままの美しさを見るために。きっと客の全てが自分の欲望を醜く歪んだものだと、社会の常識がそれを許さないだろうと確信している。その後ろめたさを誰もが抱いている。そして彼はそれを知った上で敢えて肯定も否定もしない。これは己の歪みに苦悩することと、それでいてその歪みに溺れる快楽に身をゆだねる姿のどちらをも結果的に肯定していることに他ならない。手放しでも掴みかかるでもなく、ただ、寄り添うことこそが最適解だとしたのだ。又、この作品そのもので言うと、物語の終盤にボーイズクラブが無くなる危機に直面するのだが、どこか未来に展望がある、そんなやさしいテイストで幕を下ろすのもこういった作品群の中ではめづらしく、印象深い。

 

以上。エロという面だけでなく、リョウという人間の心の変化にも目を向けてほしい作品でした。あと、松坂桃季主演で映画化もしているので是非見てね。因みにR18だから、お父さんお母さんと一緒に見に行こう。